実践型メディア活動による学び
小野田 真治 野徳 浩樹 室町 雄哉 中村 雅子
著者らは,本学の位置する都筑区の地域メディア活動である「つづきジュニア編集局」に参加している小学5年生か ら高校1年生までの子どもたちの活動や,参加を通じた成長について,運営スタッフとして参与観察を行いつつ,デー タ収集と分析を行った.作業仮説として,この活動を通じて,子どもたちの情報収集力,取材力,情報発信力,情報批 判力の4つの力がどのように変化するかをポイントに観察,インフォーマル・インタビューなどを行った.結果として,
子どもたちが記者としての取材から記事作成までの一連のプロセスを通じて,これらの力をつけていった過程を見るこ とができたが,同時にこれらの力が相互に連関しており,個別の「能力」としてだけでは論じられないこと,また子ど もたちが広い意味でのコミュニケーション力や自信,主体的に物事に取り組む力も,活動を通じて獲得していったこと が明らかになった.
キーワード: 地域メディア,ジュニア記者,メディア実践,学びのコミュニティ
1 問題意識
近年,情報テクノロジー,中でもインターネットに関 わる技術的発展と,それを背景としたユーザ参加型,情 報共有型のウェブシステムの普及によって,多くの人が,
不特定多数を含む他者に向けてメディアで情報を発信す る手段を手に入れた.情報発信の表現方法や,発信者と しての責任を自覚し,負うことなど,情報の発信者とし ての力を身につけることは,ここ数年の新しいソーシャ ル・メディアの台頭とともに,ますます重要性を増して いる.また他者が発信した情報には,根拠のない情報や,
情報操作もありうることを認識し,批判的に読み解く力 への期待など,情報の受信者としての能力の重要性もま すます高まっている.このようなメディア・ミュニケー ションに関わる力は,啓蒙的,青少年保護的な観点を超 えて,あらゆる人が社会の中でよりよく自己表現し,他 者とかかわり,より豊かに生きていくために不可欠な力 として求められているということができる.
2 研究の背景
これらの力は,その重要性を考えれば誰もに求められ るものでありながら,初等・中等教育などの学校教育の 現場では,制度的にそれらを育成する教育の場はほとん ど設けられていない.
[山内]はその原因について,日本の公的教育に多大 な影響を与える学習指導要領のどこにも「メディア・リ テラシー」といった単元がないことを指摘し,そのため に授業にこのようなメディアとの関わりについての学び を導入しようという現場の試みは数多くあるものの,長 期間のプログラムを作れず断片的になったり,(国語では 文字メディアを中心とした読解,美術で映像,技術家庭 科で情報技術の仕組みと操作,というように)分断的に なりがちだと指摘する.その他に,[山内]は,より本質 的な問題として,学校そのものが「啓蒙主義的な「メデ ィア」として機能している空間([山内],p.54)」であり,
教師と学生の間に一種の「送り手―受け手」関係が構成 されており,メディア・リテラシーを学校で教えること 自体,矛盾をはらんだ営みだと述べている.
多くの人々に,より良い学びの環境を提供していくた めには,現在のメディアを学ぶ場作り自体を今一度考え 直す必要がある.このような問題意識に立って取り組ま れた活動も多数生まれており,中でも東京大学大学院情 報学環を拠点として 2001 年~2005 年度の5年間にわた って展開したメルプロジェクト(Media Expression, Learning and Literacy Project,注1)は,研究者や教 員だけでなく,マスメディア,市民グループらが協力・
交流する場を創り出し,多くの学習やコミュニケーショ ンのコミュニティを生み出していくことを試みた.この
論文
ONODA, Shinji
東京都市大学環境情報学部情報メディア学科卒業生 NOTOKU, Hiroki
東京都市大学環境情報学部情報メディア学科卒業生 MUROMACHI, Yuuya
東京都市大学環境情報学部情報メディア学科卒業生 NAKAMURA, Masako
東京都市大学環境情報学部情報メディア学科教授
取り組みは大きな成果を挙げ,その後もメルプラッツと 名称を変えて実践者や研究者の緩やかな交流の場として 継続している.
本研究で研究のフィールドとした「つづきジュニア編 集局」は,直接には,このようなプロジェクトとは関係 していないが,地域の活動をそこに暮らす子どもたちが 取り上げ,メディアを通じて人々に伝えていく「ジュニ ア記者」の活動は各地で見ることができ(注2),メディ アとの関わりを学ぶ取り組みの一つとして位置づけるこ とができる.
これらの類似の取り組みの中で,本フィールドの特徴 を明らかにするために,ここではまず,メルプロジェク トの一つのメディア教育実践の例として[山内]の紹介 による「湯けむりワークショップ」を見てみよう.この ワークショップは,大学院生らのプロジェクトチームに よって考案されたもので,参加した高校生が,架空の事 件を,各メディアの記者として取材し,班ごとに担当す るマスメディア(新聞・雑誌)の特色を活かした記事を 発表するものである.各メディアの記者を演ずることで,
それぞれの情報を発信するメディアの特性や制約を学び,
マスメディアから発信される情報が社会的に構成された ものであることを体験的に理解することを目的としてい る.この活動を通し,「書かれている情報」の社会的背景 や,「書かれていない情報」を考えて読む必要を学ぶなど,
情報を批判的に読み解く力がついたとされる.体験的な 学びを重視することが特色として注目される一方,取り 組み自体が1回限りのワークショップで,普段の生活と の連続性に乏しい点を限界として指摘できる.
一方,参加する子どもたちにとって継続的な活動とし て,読売新聞社が支援する「ヨミウリ・ジュニア・プレ ス」を見てみよう.この企画は,記事づくりを通し,子 どもたちの積極的な社会参加と国際的な視野を広げるこ とを目的に活動している.このプロジェクトでは,プロ の新聞記者の指導のもとで,ジュニア記者たちが継続的 に活動し,取材や記事作成が行われる.作成された記事 は,ホームページで発信される(注3)ほかに,毎週月 曜日の読売新聞夕刊の「中高生で作るページ」に記事が 掲載される.大人の記者による研修や著名人への取材が 行われるなど,本格的な「記者」としての活動が継続的 に行われることが特色である.ジュニア記者の募集では,
読売新聞社本社に1時間半以内で通える人,という条件 があり,広域を対象とした活動である.残念ながら,こ のような長期的な取り組みが子どもたちにどのような影 響を与えたのかは,研究としては明らかにされていない.
これらの先行事例を踏まえて,本研究では,ジュニア 記者活動をより身近な地域で行う,つづきジュニア編集 局の活動について,参与観察などを通じて参加し,子ど もたちが,このような地域メディア活動からどのような
学びを得ていくのかを,長期的に調査することとした.
3 つづきジュニア編集局の概要
つづきジュニア編集局は,2009 年度に横浜市都筑区の 区制 15 周年と横浜市の開港 150 周年を記念して,都筑区 が主催して始まった事業である.区の委託を受けて,特 定非営利法人 ILove つづきが運営母体となり,開港 150 周年事業や都筑区の催し,出来事,人物などを取材して,
区とリンクした編集局のホームページから情報発信する ことで,普段あまり地域に関心がない住民や子どもたち にも関心を持ってもらうことを目的とした広報活動であ る(注4).小学生から高校生までの広い範囲の年齢層の 子どもたちに参加を呼びかけ,主に休日や放課後を中心 に活動を行なっている.
中村研究室では,2009 年度から区や運営主体,参加し た保護者らの理解を得て,子どもたちの引率支援を中心 に活動に参加させてもらい,新たなメディアとの関わり から生まれる学びについての研究を行ってきた.2009 年 度の成果については,都筑区と東京都市大学環境情報学 部が共催する地域連携調査研究成果発表会(2010 年2月 24 日)でも発表された.
この活動に対して,参加した子どもたちからも続けた いという多くの声が上がり,2010 年度は,予算はつかな いものの,区と特定非営利法人ミニシティ・プラス,そ して中村研究室の三者共催事業として継続されることと なった.今年度は,研究室としても運営により深く関与 して,学生たちから積極的な提案もいくつか行った.今 年の実践の詳細は5.1を参照.
4 研究の目的
昨年度の取り組み[井上・大川]では,子供たちが取 材経験を多く積むことで,記者としての意識が高まり,
新聞やニュース,インターネットへの興味・関心が増し たと結論づけている.一方で,得られた情報を批判的に 読み解くような力を見る機会はあまりなかった.また,
子どもたちは,地域メディア活動や地方紙の新聞記者を 講師に迎えた講習会で,取材や記事作成を学んだが,実 際に一人当たりが記事を書く回数は 1 回程度と少なく,
その結果,他の人にうまく情報を伝えるための発信者と しての力はあまり伸びなかったことが明らかになった.
そこで[井上・大川]では,得られた情報を批判的に 読み解くためにも,発信者として,読み手の立場に立っ た表現ができるようになるためにも,自ら情報構成を行 う体験を重ねる実践の場が重要だと指摘した.またその プロセスで,記事の読み手を意識するよう促すアドバイ ザや記事作りの仲間と,対面で記事作成を行う環境を整
えることが有効だとまとめている.
以上の昨年の知見を踏まえて,2010 年度の取り組みで,
筆者らは運営スタッフチームの中で,次のような改善を 提案した.
① 記者同士や大学生,大人スタッフを交えた記事編集の 場を設ける.
昨年度の記事作成の流れは,以下のとおりだった.
まずチームごとに取材をしに行き,そこでインタビュ ーや写真撮影などの記者活動を行う.次に,チームの代 表者 1 名を決めて取材内容を記事にし,メールで大人ス タッフ代表者へ送る.記事作成者は一人で,作成者以外 のジュニア記者は取材メモと撮った写真は,大人スタッ フを介して,記事作成者にメールで送信する.最後に,
大人スタッフが原稿のチェックをし,メール上で添削を 行った上で,ホームページにアップした.添削に際して は,書き手である子どもの了解は得たものの,子ども自 身が,なぜ記事が直されたのかを理解し,次に活かすた めのコミュニケーションの場が十分に持てなかったこと が反省点である.
そこで今年度は,他の子どもや大学生,大人スタッフ も交えて対面で編集作業を行う「編集会議」の場を設け た.これにより取材してきた情報の整理や共有を行うと ともに,一つの記事に対して多くの子どもが関わること が可能になった.
② 記事作成を始めとした記者同士のやりとりを円滑に するため情報共有サイト NOTA を取り入れる.
NOTA とはインターネット上で公開範囲を指定してホ ームページを作れるコミュニケーション・ツールである.
取材のグループ(部)ごとのページと,記者それぞれの 個人ページを設けた.学生スタッフが講師となって,数 名ずつに対して1時間程度の簡単な NOTA 講座を開き,使 い方を説明した.NOTA のシステムとしての運用は中村研 究室のサーバ担当学生が行った.
子どもたちは通う学校が違うため,取材や編集会議の 日程が組まれていない限り,普段,対面のやり取りが行 われる機会が少ない.そこで,NOTA 上で記事作成者が下 書きの記事を公開することで,複数人での編集作業の機 会を設けた.また記事作成のみならず,各自個人ページ を設けることで,互いの近況報告なども可視化できるよ うにした.子どもたちはこのコミュニケーションを非常 に気に入り,互いのページをチェックし,自分のページ をほとんど毎日のように更新する子どもたちも見られた.
記事作りにも実際に有効に機能した.
③ 2ヶ月に1回,定期的に全体の編集会議を行うととも に,随時グループミーティングを行う.
昨年度は全体会議の周期がまちまちで,活動後期には 子どもの参加率も下がる傾向があった.今年度は全体会 議を2ヶ月に1回の周期で定期的に行うことで,子ども たちの参加率の減少を和らげ,より活動に親しみを持っ てもらうことを意図した.また,子どもたちがグループ で取材を行った際には,昨年のように現地解散するので はなく,時間があればそのまま拠点の一つである大学に 戻り,記事作成や次回の活動スケジュールなどを話し合 う場を設けた.中村研究室や食堂をコミュニケーション の場として提供することで,当日の取材内容の整理や,
次回の活動に向けての予定の擦り合わせを密に行えるよ うにした.
以上3点を取り入れることで,情報の受信・発信両方 の力が身につくことを目指した.また,参与観察を主た るデータ収集方法としたが,その際に作業仮説として,
子どもの変化の中でも特に大きく成長するのではないか と思われた点として,上記の①~③の改善提案をふまえ て,以下の4点を観察のポイントとした.
1.情報収集力(目的に沿った情報を,インターネットや 書籍から,主体的に収集する力)
2.取材力(現場でのインタビュー相手との対話力や考え てきたことを話し,メモを取る力)
3.情報発信力(読み手の立場に立って情報を発信する 力)
4.情報批判力(書かれた記事の成り立ちを考えたり,他 人の記事を見て,アドバイスしたりする力)
また,この4点の能力が身につくことで,子どもたち が物事に対して主体的に取り組むことができるような総 合的な力が身につくことを期待した.
5 実践と調査の概要
5.1 フィールドの概要
「つづきジュニア編集局」は前述のように昨年度,活 動を開始した.昨年のジュニア記者は計 40 名だったが,
今年のジュニア記者は,男女合わせて 24 名(男子7名,
女子 17 名)で,そのうち昨年度からの参加者は,18 名
(男子6名,女子 12 名)で,年齢は小学5年生から高校 1年生まで.最も多いのは小学5年生である.年齢構成 の面で,先にあげた先行研究の対象者よりも低いことが 特徴としてあげられる.人数は少なくなったのは,予算 がない関係で新規募集を大規模に行えなかった事情によ る.
子どもたちは,企画部・文化部・社会部の3つのチー ムに分かれ,イベントや取材から記事作成を行うことで,
都筑の魅力を伝えていく(企画部8人,社会部9人,文 化部7人).文化部は都筑区の文化的活動について,社会 部は都筑区の公共施設について取材し,企画部は全体の 運営と,他の2つの部のサポート取材をする部となって いるが,実際には子どもたちの変化については,部ごと の活動の違いによる大きな差はみられなかった.
5.2 取材から記事作成まで
記事作成の流れは図1の通りである.学生スタッフは 前述のような提案をしたほか,現場での取材に引率同行 したり,NOTA に子どもたちが書いた記事へのアドバイス を書き込んだり,編集会議で話題がそれた時に方向修正
したり,完成した記事をホームペー ジにアップしたり,といった支援を 中心に行った.取材先の開拓や子ど もたちの要望を受けた取材交渉,事 業としての運営業務は主にミニシ ティ・プラスが行い,区は広報や施 設提供,会議や取材への立会い,協 力などを行った.
5.3 調査の方法
つづきジュニア編集局参加者の子どもたち 24 名を対 象に対面での参与観察,及び NOTA 上でのやりとりの観察 を行った.著者の4年生3名,及び中村研究室同プロジ ェクトの3年生4名が編集会議や取材に同行し,フィー ルドノート(取材記録)を作成するとともに,活動を写 真とビデオに記録した.第4章で述べた4つの力を念頭 に置き,子どもの成長・変化や,子ども同士や,大学生 と子どもの会話に重点を置いて記録した.その他,気に なったことは全てメモに残した.
図1 記事作成の流れ 表 1 各部のメンバー構成
6 結果
フィールドワークに参加し,参与観察を行った中で,
ジュニア記者の様々な成長の事例を見ることができたが,
ここでは検証課題と対応させた事例を紹介する(イタリ ックの部分は,当日のフィールドノートからの引用,カ ッコ内の名前は記録者).
6.1 情報収集力
事例1:8月4日,第3回編集会議&各部ミーティング,
企画部 S.K さん(高1女子)の事例.
企画部に所属する S.K さんは「都筑まもる君(都筑区の 交通安全マスコット)」取材の際,警察署への取材とは別 に,補足取材として親族の詳しい人に個人的にインタビ ューに行っていたことが,8月4日に行われた第3回編 集会議において,企画部の話し合いの中で明らかにされ た.
また S.K さんより,祖父の知り合いにまもるくんに関して情 報を持つ人がいるらしく,近々インタビューを行う予定.
(8月4日 小野田 編集会議&各部ミーティング)
S.K さんは,ネットなどでの事前調査のみならず,独 自の情報収集を行っていた.S.K さんは,昨年度から本 活動に参加しているが,去年は特に目立った行動はして いなかったのだが,今年度,自ら積極的に情報を収集し ていた要因として,NOTA があげられる.
NOTA を取り入れたことにより,自らが集めてきた情報 を共有しやすくなったこと,大人スタッフや記者仲間か ら NOTA でレスポンスを貰えることで,情報を収集するモ チベーションがあがったと考えられる.実際の NOTA 上の やりとりでも,S.K さんは集めてきた情報を公開し,ま た更に情報を載せると書き,大人スタッフがそれを褒め ているやりとりが見られた.その後も,この取材につい てのやりとりは数回続いた.
しかし子どもたちは常に主体的に行動できたわけでは ない.
表2 活動内容と参加者数
事例2:7月3日,十二支の石めぐり調査,企画部の事 例.
現場での情報収集では,まだまだ足りない部分が見ら れた.センター北から出発し,公園にちりばめられた十 二支の石を探す調査を行った際に,以下のようなエピソ ードがあった.
あまりに大人スタッフに頼りすぎているのが許せなくなり
「次はどっち?地図見て自分達で考えな~」と提案.やはり指 摘すると,M.K さん,Y.S さん,E.K さん,H.K さんあたりがサ ッと行動を出す.優秀な班とはいえ,やはり受動的なのかもし れない.
(7月 18 日 野徳 十二支の石巡り取材&ミーティング)
S.K さんが「大きさが解るように,なにか置いて写真を撮る といいんじゃない」とボソッと言った.全員にアナウンスする 気はなさそうなので,私が「S.K さんの提案なんだけど~」と 代弁.これもアッサリ採用されて,水筒や T.A さん(これは意 味がない気がするが)が一緒に撮ることに.大学生や誰かの提 案を疑う力は,文化部の方が高いな,と感じた.
(7月 18 日 野徳 十二支の石巡り取材&ミーティング)
企画部は昨年度からの記者経験者が多いはずなのだが,
大人や学生スタッフの先導に受身になってしまっていた.
事例3:6月 12 日,能講座取材,文化部 M.I さん(中2 女子)・M.N さん(小5女子)の事例.
学生スタッフは,取材前の情報収集活動について見る ために,毎回,取材前に,同行したジュニア記者たちに 下調べをしてきたか質問していた.しかし大学生の呼び かけにも関わらず,事前調査はなかなか習慣づかなかっ た.例えば,6月 12 日の文化部の能講座取材で,大学生 と彼女たちの間で,以下のようなやりとりがあった.
時間を取ってもらって,講師の 2 人に取材を受けてもらった.
「質問,考えてきた?」と問うと,2 人は考えてきていなかっ た.しかし,講師の2人はもう目の前である.M.I さんは「な んとかひねり出す」と言い,インタビューを開始した.
(6月 12 日 野徳 能講座取材)
6.2 取材力
取材力についての成長が見られた事例が事例4である.
事例4:8月 29 日,東京都市大学環境情報学部岡部研究 室の取材,文化部 S.S さん(小6女子)の事例.
4月から常に事前調査を行っていた文化部所属の S.S さんに関しては,同研究室の取材で以下のやりとりが見
られた.
S.S さんに至っては,頷き等の反応に加え,「調査好きだと聞 きましたが…」とのように単発ではなく,インタビューの流れ から新たな質問を投げかけるようになってきている.
(8月 29 日 小野田 岡部研究室取材)
このように,ただ用意してきた質問をするだけではな く,どのような記事になるかイメージし,取材の中で相 手の話を引き出していく様子を観察することができた.
6.3 情報発信力
取材でえらえた情報をどのように取捨選択するかを考 えるのは,子どもたちにとって難しい問題である.
事例5:5月 15 日,文化部ミーティングの事例.
中村研究室に文化部のメンバーが集まり,5月2日に 行われたセンター南祭取材の記事推敲を行った.その際,
主催者の K さんを写した写真をブログにアップするか否 かで議論になった.顔があまりにも大写しになっており,
インターネットで公開されたら,見た人に抵抗感がある のではないかと思われる写真だった.議論では,始めは 使う方向になっていたが,大学生が「これはマズくない?
見た人はビックリするだろうし,主催者の K さんもどう 思うかな?」と投げかけることで,以下のやりとりのよ うに使わない方向になった.
ミーティングは,写真について話題になっていた.許可を得 たとはいえ,ドアップの写真を使うかどうか.全員「う~ん(苦 笑)」と難色を示し,ボツになった.
(5月 15 日 野徳 文化部会議&NOTA 講習会)
このときは,学生スタッフの呼びかけが「どういう情 報を発信すると,相手が不快に思うか」を議論するきっ かけとなっていた.また以下のように後半になると子ど もたち自身で,言われなくてもそのような点を考慮する 様子が見られた.
事例6:10 月3日,第4回編集会議&各部ミーティング,
企画部 M.K さん(中3女子)・E.K さん(中1女 子)の事例.
東京都市大学学食にて行われた第4回編集会議で,企 画部に所属している M.K さんと E.K さんが今後の取材先 の話し合いをしている際に,大学生 K が会話に入るシー ンである.当初,企画部では道路にいくつもの小さな鳥 居があるエリアの謎を取材し,記事にしようと計画して いた.その記事がどうなったか,大学生 K が改めて2人 に確認している.
大学生 K「あれ?小さい鳥居の記事はどうなったの??」
E.K さん「あれは没になりました」
大学生 K「なんで?」
M.K さん「なんでも,小さい鳥居を作った理由が外で用をたす 行為を防ぐためだったということで,ジュニア記者の 記事としては不適切という結論に至りました」
(10 月3日 國政 編集会議&各部ミーティング)
ここでは,上記のやり取りにあるように,ジュニア記 者たち自身が,記事を読む人に不快感を与えないよう,
発信する情報の善し悪しを自ら判断し選択している.
6.4 情報批判力
事例7:10 月3日,第4回編集会議&各部ミーティング,
文化部 S.S さん(小6女子)の事例.
文化部に所属する S.S さんは,6月6日に東京都市大 学の中村研究室で行われた編集会議でセンター南祭りの 記事について,以下のように大人スタッフにいろいろな 点を注意された.
「過去形と現在形が整っていない」,「敬語のレベルがバラバ ラ」,「"わたしたち"と急に言われても読者は困る」
(6月6日 野徳 全体会議)
4ヵ月後の 10 月3日の編集会議で,岡部研についての 記事を書いてきた M.I さん(中2女子)に対し,以前に 言われたことを踏まえて,以下のようなアドバイスをし ている.
「いきなり"わたしたちが…"と書いても分らないと思う."S と I が…"にした方がいいよ」
(10 月3日 室町 全体会議)
このように,自分で記事を作り,アドバイスを受ける 経験を積むことで,他人の記事に対し,学んだことを踏 まえながら,読者の視点で改善点を指摘できるようにな った.さらに記事推敲を経験した S.S さんと初めて記事 推敲をした M.I さんが協力し,S.S さんは,自分の経験 を伝えながら自分たちで考えられる,最も読み手に伝え やすい表現を考慮していた.
事例8:10 月3日,第4回編集会議,企画部所属の M.K さん(中3女子),E.K さん(中1女子)の事例.
東京都市大学学生食堂で行われた編集会議で,M.K さ んと E.K さんが以下のやりとりが観察された.
私や大学生 K が口出しをせずとも,M.K さん中心に添削が行 われた.E.K さん「"言われた"は,"おっしゃられた"だよね」
(10 月3日 小野田 編集会議&各部ミーティング)
M.K さん「最後に一行,欲しいよね」E.K さん「記者自身の 感想とかね」と添削のみならず,加筆も行ってしまった.
(10 月3日 小野田 編集会議&各部ミーティング)
自分たちが取材に参加していない,他人が書いた記事 を推敲するという珍しい場面の途中で見られた例である.
ここでは「なにを加えると読み手が理解しやすいか」を,
大学生が働きかける前に自ら考え,話しあうことができ るようになっていた.
以上,事例1~8から読み取れるように,全体として は,記者としての経験の中から,子どもたちには自立し,
自ら考え行動する力がついたといえる.
7 考察
7.1 情報収集力
S.K さん(高1女子)は,つづきジュニア編集局内で は,発言や他の子どもとのコミュニケーションの機会が 少ないが,事例1で述べたように皆と揃って決められた 取材へ行くばかりでなく,親族や知人の方など,自ら必 要とする情報源の幅を広げ,汲み取ろうと行動している.
昨年度から参加し,会議や取材回数が多く,かつ最年 長でもある S.K さんには,"私も何かして活動に貢献しな ければ"という気持もあったのかも知れない.
また7月 18 日に行われた十二支の石巡りにおいて,企 画部の他の子どもたちと話すことなく,一人で歩いてい たので,大学生が話しかけてみると,
「私は話すの苦手だから…」
(7月 18 日 野徳 企画部十二支の石巡り取材)
とあるように,コミュニケーションが自分自身の不得 意な面だと考えている.そのため,まずは話しやすい家 族や知り合いから取材しようとしたとも考えられる."
自分でできる範囲で活動に貢献しよう"という姿勢が,記 事作成における情報収集に活きた結果となったと言える.
一方,学生スタッフは,事例3でも述べたように,取 材前に「ちゃんと取材先のこと調べてきた?」という呼 びかけを昨年から行ってきたが,事前調査を習慣付ける ことは難しかった.
大学生の呼びかけが単に「調べてきた?」といったも のではなく「どんな質問を考えてきた? 今日は主に何 を聞きたいの?」「どんな記事にしたい?」というように,
取材から完成記事までをイメージできるような投げかけ をすれば,成長効果を見ることができたかもしれない.
7.2 取材力
S.S さんは,事例4からも読み取れるように,取材中 に相手の話から掘り下げた質問が行えるようになった.
また彼女は,事例4以外の取材においても,事前準備を しっかりと行っていた.6月 19 日に行った能鑑賞教室の 取材では,会場に向かう電車内で大学生と以下のような やりとりが観察されている.
区役所の大人スタッフが先週の資料を持ってきていたので,
それも見せる.しかし S.S さんは自分でネットを使い調べてき たプリントも見ていた.
(6月 19 日 野徳 文化部能鑑賞)
このやりとりからも読み取れるように,事前準備はし っかりと行っていたようだ.しかし,どの取材において も,事前調査の情報があまりうまく生かされていなかっ た.調べてきた事前調査を活かした取材を行えることで,
相手の話が理解でき,相手の説明が足りない部分や自分 がより知りたい部分が浮き彫りになる.事前の知識を踏 まえ,そういった点をさらに質問することで,自分が書 きたい記事にすることができただろう.
7.3 情報発信力
ジュニア記者同士やスタッフとの内部コミュニケーシ ョンのために用意した NOTA は,情報発信力についての学 びでも大きな役割を果たしたと考えられる.
次のようなエピソードもあった.
5月 27 日,NOTA 上で M.K.さんの自己紹介ページに落 書きが書き込まれるということが起こった.画面だけを 見たのでは,誰がそれを書き込んだか分からない(注5). そこで,6月6日に中村研究室で行われた全体編集会議 で,会議前に学生スタッフから,書かれた人の気持ちを 皆に知ってもらうよう以下のような働きかけを行った.
M.K さんの落書き問題について自分から注意を行った.M.K さんに「どうだった?」と振ると,「本人は楽しいと思ってやっ たかもしれませんが,嫌でした」といっていた.「いろんな人が 見ることを考えて,皆で気持ちよく使える環境を作っていきま しょう!」と大学生側で明るくまとめて終わった.
(6月6日 野徳 第2回編集会議)
M.K さんは事例6でも,読んだ人の気持ちを考えて対 応を決めたことを語っているが,このような経験から,
メディアに書かれたことが時に他人を傷つけることがあ ると学んだのかもしれない.
7.4 情報批判力
情報批判力については,読み手の視点で改善点を指摘 できるようになった例が見られた.このような事例から,
記事の推敲の場が重要であったことを再確認できる.ま た,事例7において,以前記事添削を経験した S.S さん と初めて記事添削をした M.I さんが,自分たちで最も読 み手に伝えやすい表現を話し合っていたが,S.S さんは 自分の経験を伝えていた.このようにジュニア記者同士 が学び合い,お互いに知識を深め合う有意義な場となっ たと考えられる.
7.5 螺旋的な相互作用
学生スタッフは,フィールドノーツの検討を繰り返す うちに,検証課題に挙げた4つの力は,それぞれ独自に 身につくのではなく,1つの流れを生みだしていると考 えるに至った(図2).
例えば,事前の情報収集ができていれば,その情報を 頼りに,より詳しく掘り下げた取材ができるようになる
(情報収集力から取材力へ).また,取材で得た情報を記 事にする過程で,まず取材した内容を一度批判的な目で 直し,その記事を仲間内で共有することで,周りにも改 めて批判的に見てもらい,自分の記事を見つめ直すこと ができる(取材力から情報批判力へ).その結果,より第 三者に伝わりやすい状態で発信することができる(情報 批判力から情報発信力へ).HP やタブロイド紙で記事を 発信することで,世の中の人に見てもらっているという 意識が芽生え,次の記事作成の際,よりわかりやすい記 事を作ろうとして,取材前に,より多くの情報を収集す るようになる.
また,このような直接メディアに関わる力だけではな く,長期にわたる参与観察の中で,以下のように,取材 時や編集会議以外の場面でも,成長を感じる場面が見ら
図2 実践を媒介として,
さまざまな力が螺旋的に育っていく
れた.11 月 23 日に行われたセンター南のつづきウォー ク&フェスタの催しで,センター南駅前の,ゴール地点 ブースの運営をジュニア記者が手伝った場面である.
つづきウォークのゴール地点でのブース運営で,Y.M くん(小 5 男子)が H.O さん(小6女子)と J.Y さん(小6女子)に仕事 をふっていた.Y.M くんの働きかけをきっかけに,H.O さんと J.Y さんも自分の役割を見つけていた.
(11 月 23 日 野徳 つづきウォーク&フェスタ)
Y.M くんは誰かに指示されるのではなく,自分から「今 必要なこと」を考えて,他のメンバーに役割を提案して いた.提案された子どもたちも受身で従うのではなく,
その役割を自分で必要だと考え,自発的に行動していた.
このような行動力やそれを生み出す自信が身につくこと が,学校ではない「つづきジュニア編集局」ならではの 成長ではないかと考える.
8 おわりに
「つづきジュニア編集局」のような継続的で主体的な メディアとの関わりが,子どもたちのさまざまな面での 成長に大きく寄与することが明らかになった.しかし私 たちから「見えた」のは,放課後や休日など,子どもた ちの生活のわずかな部分に過ぎない.また途中から出席 が減って,見守り続けることができなかった子どもたち も数名いた.子どもたちと関わる機会がもっと多ければ,
もっと多くのことを見ることができたかも知れない.途 中で参加が減ってしまった子どもたちについては,大き な理由と考えられるのは受験や塾,部活などだが,この 活動について十分なモチベーションを保てなかったため かも知れない.今後の課題として,記事を作り,HP 上に アップするだけでなく,記事や活動の発表を多くの人々 の前で行う場を作るなど,子どもたちの意欲を高める工 夫をする必要があると考えている.参加している子ども たちからは,この活動をもっと続けたい,という声が多 く,現在,次年度も継続することを運営の中心となって いるミニシティ・プラスのスタッフとも話しあっている ところである.
最後に,今回提示したのはあくまでメディアを学ぶ学 習環境の1つの形態であり,今後,メディアを適切に扱 い,人としても大きく成長していく学びの場がさらに増 えて,整えられていくことを望んでいる.
謝辞
本研究にご協力いただいた都筑区役所の皆様,NPO 法 人ミニシティ・プラスの皆様,取材先の皆様,参加者の ジュニア記者の皆様,ジュニア記者の保護者の皆様に心
より御礼申し上げます.
(注1)メルプロジェクト・アーカイブ http://mell.jp/
(注2)つづきジュニア編集局がモデルの一つとしたヨ ミウリ・ジュニア・プレス」は,読売新聞社が,
また「ひろしま国新聞」は中国新聞社が支援する ジュニア記者活動である.
(注3)YOMIURI ONLINE(読売新聞) ヨミウリ・ジュニ ア・プレスホームページ
http://www.yomiuri.co.jp/junior/
(注4)つづきジュニア編集局ホームページ http://webtown-yokohama.com/junior/
(注5)このようなペンツールによる落書きは,子ども たちに自由に NOTA を使ってもらう場合に,時に 生じることがあり,研究室では他のフィールドで も同様のできごとを何度か経験している.
サーバ管理上は毎日 NOTA の書き込みをチェッ クしており,この時もすぐに発見して,対策を検 討することができた.実際には書き込んだ子ども はサーバログから特定できたが,書かれた内容も 悪質ではなかったため研究室スタッフで話し合 い,犯人を糾弾するよりも,本人や他の子どもた ちが繰り返さないよう,書かれた人の気持ちを分 かってもらうことを目的とした対応を行った.本 文中にある呼びかけの後,落書きは一度も起こっ ていない.
参考文献
[1] 井上陽介・大川和輝:実践型メディア・リテラシー 教育の効果:つづきジュニア編集局を事例に,平成 21 年度 東京都市大学環境情報学部情報メディア 学科中村研究室卒業論文,2010
[2] 山内祐平:デジタル社会のリテラシー,岩波書店,
2003
[3] 水越伸・吉見俊哉(編):メディア・プラクティス:
媒体を創って世界を変える,せりか書房,2003